10月22日に開かれたG7貿易大臣会合で、サプライチェーンでの強制労働の排除を呼び掛ける共同声明がG7として初めて採択された。衣料品の工場を含め、一部の国・地域での人権抑圧・強制労働が国際問題となる中の「画期的な声明」(萩生田光一経済産業大臣)で、日本のファッションビジネス業界に与える影響も大きい。萩生田経産相は強制労働問題を含めた企業の人権政策に関する省内横断チームを新設する方針を示した。業界にとっても、グローバルな成長戦略やサステイナビリティー(持続可能性)施策を促進する上で、人権対策は不可欠だ。各企業のさらなる取り組み強化策とともに、中小企業支援策を含めた今後の政府の対応が注目される。(有井学)
古くて新しい問題
共同声明は6月のG7首脳会議で、今回のG7貿易大臣会合に対して強制労働排除のための国際協力を促すよう「指示」したことを受けたもの。強制労働に対する「懸念」を改めて表明した上で、各国政府と企業に対して人権配慮と国際労働基準の順守、国際機関によるビジネスと人権に関する国際的な指針の徹底、サプライチェーンでの労働状況に関する透明性の向上などを求めた。
米国バイデン政権が外交政策で、対中国を中心に人権問題を重視して輸出入規制を強め、欧州では人権対策で法令を整備するなどサプライチェーンでの人権問題が国際的な課題として浮上したのが声明の背景。「会議の中では特定の国・地域を念頭に置いた議論はなかった」(萩生田経産相)が、中国新疆ウイグル自治区の縫製工場などでの強制労働が議論を加速させるきっかけになったとも見られる。
しかし、この問題は以前からある〝古くて新しい〟課題だ。90年代にはナイキの契約工場での児童労働が米国で大きな問題となり、同社に契約工場との新たな取引規約の策定を促した事態もあった。国際機関も以前からこの問題に取り組んできた。OECD(経済協力開発機構)は76年に多国籍企業に対して責任ある行動を自主的にとるよう勧告するための「多国籍企業行動指針」、17年には衣類・履物分野を対象に、行動指針を実行するための実務的方法を示した「責任あるサプライチェーンのためデュー・ディリジェンス・ガイダンス」、18年には全業種を対象にした「責任ある企業行動のためのデュー・ディリジェンス・ガイダンス」を策定。国連は11年に「人権を保護する国家の義務」「人権を尊重する企業の責任」、国家による司法手続きなど「救済へのアクセス」を柱にした「ビジネスと人権に関する指導原則」を作った。指導原則の普及と実施の国別行動計画を要請し、日本も20年10月に行動計画を策定した。
対策強化も大手中心
こうした流れとサステイナビリティーの重要性の高まりの中、日本のファッションビジネス企業も契約工場との取引基準を厳格化したり、製品のトレーサビリティー(履歴管理)を明確化するなど対策を強化している。サステイナビリティーの重要性を踏まえ、経産省も繊維産業のサステイナリビリティーに関する検討会を2~6月に実施。「責任あるサプライチェーン管理」を重点課題の一つに挙げ、OECDの衣類・履物類のガイダンスに沿った施策を企業に促す業界ガイドラインを日本繊維産業連盟を軸に策定することを提起した。さらに、7月1日に全業種を対象にしたビジネス・人権政策調整室を新設した。
新設するチームは同室が企業に実施した人権に関する取り組みの調査をもとに「今後の政策を検討」し「国として内外に発信したい」(萩生田経産相)という。ただし、チームの体制や設置時期、具体的な政策は未定だ。
この問題は外務省や、厚生労働省、法務省など多くの省庁に関わる課題。経産省だけでは解決できず、政府全体に広げる必要がある。対策を強化している企業の大半は大手企業でもある。ファッションビジネス業界を含め、海外生産しながら、対策が不十分な中小企業が多い。国の支援策も求められる。
強制労働に関するG7貿易大臣声明の概要
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グローバルなサプライチェーンでの国家によるあらゆる形態の強制労働の利用に関する懸念を共有
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貿易政策がグローバルなサプライチェーンでの強制労働を予防、特定し、排除するための包括的なアプローチの重要な手段の一つとなり得ることを認識
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全ての国、多国間機関、ビジネスに対し、人権と国際労働基準を堅持することにコミットし、責任ある企業行動についての関連原則を尊重するよう要求
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強制労働を根絶し、犠牲者を保護し、国連のビジネスと人権に関する指導原則を実施する上での政府の重要な役割を認識
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ビジネスにとっての明瞭性と予見可能性をさらに強化することにコミット
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OECDの多国籍企業行動指針や責任ある企業行動のためのデュー・ディリジェンス・ガイダンスなどに沿って、人権デュー・ディリジェンスに関するガイダンスを促進することにコミット
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個人を強制労働から守り、グローバルなサプライチェーンで強制労働が利用されていないことと、強制労働を行った者に対して責任を問うことを確保するため、各国が利用できる国内的手段及び多国籍機関を通じた協働を継続